#えむけーろぐ

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「お前なんで最近学校来てないの」に対する回答と愚痴と、3年間の高専生活の振り返り

Twitterを眺めていたら「mkなんでここ数日学校来てないん」という電波を受信した。

この記事はなんというか、愚痴っぽい感じで、3年間の高専生活を振り返りながら不満を書き連ね、上の質問に対する回答を書いた壮大なポエムである。これを読んで怒る人がいるかもしれないけど、まぁ僕も書きたいことを書いていきたかったので、気にせず書いた。

色々思うところがあって、ここ数日まったく学校に行っていない。行けてない。今もお気に入りの喫茶店MacBook Airを開いてコードを書きながらこんな記事を書いていたりする。今頃みんな数学Aやってると思う。喫茶店は教室と違って周りの人間がいちいち突っかかって文句を言ってこないのでとても過ごしやすい。

テザリングを使いすぎて7GB制限に引っかかりそうだ(あと50MBも通信すれば引っかかる)し、この喫茶店にはドコモWi-Fiが届かなくて詰んだっぽい感じがあったんだけど、wi2premiumとかいうサービスに救われた。300円払えば6時間インターネット使いたい放題。回線の品質もたぶん問題ない。良い時代に生まれたものだ。

中学3年生、いや2年生だったかな…。進路どうしようかなーとか迷ってた頃に、なぜだか忘れたけど高専の事を知った。その時から僕はインターネットに住んでいたので、そこで色々調べてみたら何人かの苫小牧高専の先輩のTwitterアカウントと、高専カンファレンスというものを発見したりした。

「僕は将来はプログラマになるんだ〜。」というざっくりとした思いが中学生の頃にはすでにあったので、そっち方面の高専生を中心にフォローしていって、あとは高専カンファレンスUstreamなんかを見たりして、僕の中での高専生のイメージというものが出来上がっていった。

そういう方面の高専生を中心にフォローしていったのだからまぁ当然で、「そこがTwitterの悪いところなのかもね」なんて話を前に@ttata_tritとしたんだけど、僕のTLは猫耳アイコンがVimやらEmacsやらについて熱く語っていたり、アニメアイコンやら数式アイコンがロボコンに命を注いで死にそうになりながらもコードを書き、はんだごてを握ってたり、突然北海道とは程遠いところへ行ってなんかやってる人がいたりと、なかなかすごいことになっていた。

半分冗談が含まれてるかもしれないけど、当時の僕にとっての高専生とはそういうものだった。

地元の普通の高校に行こうかと迷った時もあったけど、最終的に僕は今いる高専情報工学科へ行くことにして、受験については特に苦労することもなく乗り越え、僕は春から高専生になるという権利を手に入れた。

いつもインターネットで見る遠い存在だったはずの、VimやらEmacsやら騒いでるよくわかんない人たちへの仲間入りができるという嬉しさとともに、かなりの焦りを感じていた。

高専情報工学科に来るようなヤツらなんだから、きっとプログラミングなんてできて当たり前で、みんな好きなエディタやら言語やらがあって、僕なんか相手にされないんだろうなと思っていた。

ちょうど中学のクラスのみんなよりも受験が早く終わって暇だったので、C言語の本を買って学校帰りにコツコツとやっていたりした。(どの本とは言わないけどあの本は正直微妙だった。俺はメモ帳でC言語の本を一冊やらされたんだ。でも説明はそこそこわかりやすかったよ。)

C言語を覚えたけど、それで何を作れるのかよくわかんなくて、Pythonをはじめた。自動でメール送ったりするスクリプトや、それを改造したメール爆撃機コマンドラインで遊べるちょっとしたゲームなんかを作った。

エディタもフォロワーにオススメされたVimを使って、最初は意味不明だったけど無理やりキーバインドを体に馴染ませたし、書く気にならなかったvimrcだってリファレンスを読みながら書いた。

父親のお下がりで自分用のPCを手に入れたけど、クソPCで重かったのでUbuntuを入れて使っていた。Windows以外のOSをいじったのはそれが初めてで、そこでUNIXコマンドの基本を覚えたし、コマンドラインベースでコンピュータをいじっていく事を学んだ。

結局、if文やらfor文やらプログラミングのおやくそくを身につけただけで、「オレは◯◯を作ったぞ!」と自慢できるような物が何もできないまま中学を卒業。

春休みを終えて僕は高専生になった。

僕の中学から情報工学科へ行ったのは僕だけだったので、何人かTwitterやらmixiやらで見つけた人がいるくらいで、クラスメイトはほぼ全員知らない人だった。16歳にして自分はこの道を行くんだと覚悟を決めて、5年間一緒に成長していく仲間に囲まれていると思っていたと同時に、負けず嫌いというか、自分を大きく見せたいお年ごろだったので、この40人の中で僕は今どれくらいの実力なんだろう、やっぱみんななんか作ってたりとかするのかな、オレよりPython書ける奴がいたらどうしよう、Gentoo使いとかいたらどうしよう、とかそんなことばっかり考えていた気がする。

結果は全然違って、プログラミングなんてしてたのは僕だけだった(実は隠れプログラマがいたのかもしれない。だったらごめんね。)し、基本情報を取る事に命をかけていたり電子工作をかじった仲間がいたりしたくらいで、後はだいたい「家が近いから」とか「なんとなく」とかが大半で、なんでこいつらここにいるんだろうという感じだった。本気で「就職率が云々」という理由で来てる人もやっぱりいて、本当におめでたい頭だなと思った。まぁ人の勝手だけど。

それでも仲間を求めてこの学校に来たんだから諦めきれなくて、仲間を作る方向へ考え方を変えた。実はPythonを始める前にRubyをやろうと思って1日で投げたんだけど、その時に買って以来使ってないRubyの本を友人に100円(200円だったかも)で売ったら、そこから彼はプログラミングにハマっていって、今は学生団体っぽいところでプログラマをやっている。こないだの高専祭では彼と一緒にモノを作ってたんだけど、キレイなコードを書くなぁと思った。僕が苦戦する事も彼はすんなりとやってのけた。頭が良いんだと思う。彼はこの高専で得た大事な友だちのうちの1人だ。

僕は超イケメンというわけでなく、どちらかと言うとオタクっぽい感じに見られるらしいので、それが気に食わなかったのかもしれないし、気持ち悪かったのかもしれない。こいつら何しに高専来てるんだろうという奴ら、クラスの多数派がそういう人間だったので、僕みたいな人間は逆に少数派で、排除されるべき存在だったのかもしれない。クラスという小さな社会に馴染めなかった社会不適合者だったんだと思う。

僕はあまり良い性格ではなく、彼らの中でも特にキツい体育会系の人間たちとはうまくいかず、もともと好きになれなかった教室が大嫌いになった。よく考えたら、生まれも育ちも価値観も違う40人を一つの教室に1日中閉じ込めておくなんてヤバいと思う。クラス制は一刻も早く廃止すべき。まぁいいや。その話はまた今度。

僕は性格が悪い上に教室が嫌いになってしまったので、教室の外に目を向けるようになった。2年生くらいの話かな、この頃から休みがちになってたっぽい。

部活やら授業やらで頑張っていたつもりだったので、それがきっかけか、5年生や専攻科の先輩と一緒にプロコンに出るという名目で研究室に入れてもらった。前回のプロコンは予選落ちしたし、今回のプロコンはメンバー不足で出る事ができなかったけど、先輩からたくさんの事を学んだし、研究室に立ち寄る先生方も僕に色々な話をしてくれて、人間として、あとエンジニアを目指す人間としての考え方が色々育っていった。本当に感謝しています。

同じ時期に、学校の外にも目を向けるようになって、道内外の高専カンファレンスはもちろん、IT系コミュニティや技術系の勉強会にも顔を出すようになった。「プログラミング言語のおやくそくは身につけたけど、じゃあ何を作ればいいの〜〜?」ってなってた僕をこの世界に導いてくれたのは、高専カンファin釧路で出会った人たちだった。

父親の「人脈はだいじだよ」という教えに従ってどんどん外に出るようにしてたら、東京のスタートアップの人に拾ってもらってエンジニアをやらせてもらったりもするようになった。スタートアップの人はもちろん、僕がちょくちょく札幌やらに行くために安くない交通費を出してくれたり車で送ってくれたりした両親にはとても感謝しているし、その先で僕に色々な事を教えてくれたたくさんの人生の先輩たちに感謝しています。

先輩に色々与えてもらったら、自分が先輩になった時後輩に同じことをしてやるもんだと思って、出来る限りそんな風にしているつもり。まだまだ至らない点がありますが、今後共よろしくお願いします。

学校の外に居場所を見つけて、人生の先輩たちから教わったり、一緒に仕事をしたりしていく中で、逆に学校から自分の居場所がどんどん無くなっていくのを感じた。お世話になった先輩たちはどんどん卒業していなくなっちゃうし、クラスの仲間も色々な闇に触れて大変そうだった。

大体予想通りだったけど、クラスはひどい事になっていて、技術者を育てる学校なのに技術を馬鹿にする風潮がより一層強まってたり、先生に喧嘩を売りバカにして遊んでる奴らが休み時間スマブラをしながら雄叫びを上げていた。専門の授業はみんなの遊び場で、PCを前にした彼らは各自創作に励んでいる。

だんだん何をしにここにきたのかわからなくなって、いつの間にか僕もプログラミングやらコンピュータやらが嫌いになりつつあった。コードを書こうと思ってもうまく書けないし、せっかく与えられたはずのチャンスを活かせずチームの仲間の期待にも答えられていない。

そんな理由で好きなはずの事を嫌いになりつつある自分が嫌だったし、このままずっとここにいたら本当にプログラミングが嫌いになってしまうなと思って、学校に行くのを一旦やめた。たまにちょこっと1日休むのは慣れてたけど、もう1週間弱学校に行ってない。

前置きが超長くなったけど、たぶんこれが現時点での僕なりの回答だと思う。

「実はオレは高専の教育を受ける必要が無いほどの天才プログラマで、高専の授業に飽々している!」……とかそういうのでは全然無く、むしろここでソフトウェア開発について多くのことを学んでいる。頭も良くないのでもっと鍛える必要があるし、精神的にも幼稚なので社会に出ていく人間としての態度や考え方を身につけるべきだ。

研究室にいる先輩も好きだし、研究室に立ち寄って色々な話をしてくれる先生方がすごく好きだ。

部活も最近後輩に引き継ぐ準備を進めているんだけど、彼らすごく優秀である。「今年の1年生すごくいいね!最高!」って2年連続で言った気がする。もう少し、積極的に部活の色々に首を突っ込んできて欲しかったけど、先輩がいるとやりづらいのかもね。いいと思う。これからは君たちの時代だ。お前らマジ最高。

でも、一番長くいなきゃいけない教室が本当に無理。つまらなかったし、つまらないだけならまだしも、そこで過ごすのが苦痛になっている。

僕は空気の読めない人間だし、たぶんしゃべり方とか考え方とかキモいし、いちいち自慢気に話す癖があるので一緒にいるとムカつくんだと思う。教室は今のところ人生で一番長くいる場所なので、一番僕のダメな部分が見えてしまうのだと思う。

前に「クラスの人間のこと見下してるでしょ。」って怒られたことがあるんだけど、答えはYESです。超見下してるし軽蔑してる。もちろん、大切な友達数人を除いて。自分が受け入れる気のない人たちに受け入れてもらおうというのが図々しいのだと思う。

気づいたら5000文字くらい書いてた。

1週間弱うだうだ過ごして気持ちが乱高下してたので考え方を整理する意味も含めてここに書きなぐった。こんなに文章書いたのは久しぶりで、達成感がヤバい。しかしもっと書くべき文章やコードが他にたくさんある。

ここまで書いて自分の文章を見返してみたけど、本当にわがままな奴だと思う。自分の失敗を他人のせいにしている感が半端無いし、結局嫌なことから逃げているだけだ。

でも長々と書いたこれはウソではない今の僕の考えで、嫌なことから逃げたいなら逃げれば良いと思うし、逃げた先に行き着く場所が大事だと思ってる。

これから色々どうなるかわからないし、色々なところから怒られる気しかしないけどまぁ、それも人生だと思う。お世話になる人なった人、迷惑をかける人かけた人に感謝しつつ、あんまり良くない脳みそをもっと鍛える必要があるし、もっとコードを書けるようになっていくべきである。